【美食探訪】シュマン(東京・赤坂)
今はなき名店「アンフォール」で、ブルギニオンの菊地シェフとも一緒に働いていたソムリエの柴田覚(しばた・さとる)さんが、自分の店を構えたのは当初、乃木坂でした。友人に誕生日を祝ってもらうことになり、開店したばかりだった「シュマン」をリクエスト。そしてその料理のあまりの美味しさと居心地の良さに、1週間もおかずにひとりで再訪してしまったのでした。あとにも先にもこんなことはない、思い出の店です。
大人のまち、赤坂にふさわしい華やかさと上品さが「シュマン」には満ちている。広いガラス扉から柔らかく陽光が差し込む昼の店内には、いつもゆったりとした空気が流れている。夜は夜でぐっと照明が落とされ、ムーディに。この季節には木々のライトアップも気分を盛り上げてくれる。クラシックが流れるきちんとしたフレンチらしい雰囲気は、どんなシーンにもふさわしい。それなのに堅苦しさはなく意外にもお値頃で、コストパフォーマンス抜群なのである。
オーナーソムリエの柴田覚さんは、今はなき「アンフォール」「ザ・ジョージアンクラブ」を経て2002年に乃木坂で独立を果たした。赤坂に移転したのは3年後。駅から歩いて3、4分ほどの便利さながら、雑踏を抜けた広場を前にしたこの場所は、木々の緑が美しく静かで開放感にあふれている。
私もそのひとりだが、一過性ではないファンが柴田さんとの会話を楽しみにやってくる。彼のフランス・ブルゴーニュ仕込みのソムリエの技量と、スマートでキレのあるサービスはまさにグランメゾン級。上背もある伊達男で、所作のひとつひとつが絵になる希有なサービスマンだ。
彼の選ぶワインとチーズも素晴らしい。任せておけば適価的確なワインがちゃんと出てくる。普通昼からチーズをいただくことはあまりないけれど、ここに来るとメインの後もワインを少し残しておいて、やっぱり少し盛り合わせてもらいたくなる。今回は状態のいいモンドールが手のひらに乗るようなミニココットでとろとろに溶かされて出てきたので、パンを絡めて、小さなチーズフォンデュを楽しんだ。
ふるさとの恵みを生かした独自のフレンチ
前回紹介したル・ブルギニオンとシュマンには、つながりがある。いわゆる系譜というもので、元をたどると師匠が同じなので、料理の方向性やスペシャリテに多く共通点が見られる。現料理長の信定覚(のぶさだ・さとる)シェフは、シュマン開店時から前任の小玉シェフの右腕として、ずっとシュマンを支えてきた。この3人のシェフは全員が「アンフォール」出身で、前述したように柴田さんもこの店でサービスをしていた。師匠にあたるのは名店マノワール・ダスティンの五十嵐シェフである。
信定シェフはふるさと岡山のホテルで料理人としてスタートを切り、上京後「アンフォール」を経て渡仏。帰国後地元で働いていたところを、小玉シェフに請われて再び上京しシュマンに入った。料理長を引き継いですでに6年が過ぎた。両親が作る新鮮な無農薬野菜をはじめ、ふるさとの山海の恵みをたくみに生かした料理には「信定らしさ」が感じられて頼もしい。
「オリーブオイルはずっと愛用している銘柄があります。ただ、ポリシーとしてどんな油も使いすぎないように心がけています」
と話す信定シェフ。彩りが美しく繊細な印象の料理は、クラシックな技法を用いながらも確かに軽やかな食後感だ。
オーナーの美学を随所に感じるレストラン
今回はオリーブオイル尽くしのメニュー! 定番アミューズの塩ベーコンのマドレーヌには、オリーブの実を添えるという遊び心も。海の幸と野菜が色とりどりに入ったロワイヤル(洋風茶碗蒸し)は、オリーブオイルが香るナージュ(洋風の野菜だしに魚介を合わせたもの)でスープ仕立てに。デザートはオリーブオイルを乳化させたムースをふわっと固めたゼリーに、たっぷりのフルーツとバラ香るアイスを合わせた爽やかな一品だった。
「オリーブオイルには魚とか野菜がやっぱり合いますね」
そう言いつつ、メインにはしっかり肉。ジューシーさを損なわないよう芸術的に薄いピカタ仕立てで出されたのは、なんとスペイン産のオリーブポーク。ここでグンとコースの流れが引き締まった。
信定シェフにしか作れない料理を、柴田さんの目配り、心配りが行き届いた空間で味わうレストラン。たとえば豪華な生花も可憐なテーブルフラワーも、開店以来ずっと欠かさないのは、「だって花があったほうが素敵でしょう」というロマンティックなこだわりゆえ。随所に感じられる柴田流の美学が、シュマンをつくりあげている。それが「人がつくる」という、この店のコンセプトの意味なのだろう。
Chemin(シュマン)とはフランス語で「道」という意味を持つ。まっすぐな道・・・この店名に、シュマンのブレることのない誠実さを見る思いがするのである。
編集後記~シェフのオリーブオイルライフ
信定シェフによると、店のオイルは何種類も揃えているけれど、中でもオリーブオイルは一番よく使うそうです。南オーストラリア産、スペイン・ガリシア産の最高級エクストラバージンオイルは、料理の仕上げに香りを生かしたいときに。パンにつけるバターの代わりに、オリーブオイルをリクエストすることも可能です。
柴田さんは「店で使うオイルはすぐ消費するから心配はないんですけど、少しでも酸化を防ぐために冷蔵庫に入れているんですよ」といいます。
今回の取材では昼のお任せコースにしたのですが、そこまでお願いしていないのにみごとにオリーブオイル尽くしにしてくださいました。個人店ならではのきめ細やかな対応はありがたい限りで、もちろん、誰でも予約時に相談すればできる範囲でベストを尽くしてくれます。おまかせとは、実はそんな自由さも持ったコース。予算と用途に合わせてうまく使いたいですね。
【シュマン(東京・赤坂)】
住所 ▶ 東京都港区赤坂2-17-7 赤坂溜池タワーANNEX
電話 ▶ 03-3568-3344
営業時間 ▶ 11:30~13:30(L.O)、18:00~21:30(L.O)
定休日 ▶ 日曜*祝前日の場合営業、翌月曜日が休み
HP ▶ http://www.chemins.jp/index.html